これからSMB領域に踏み込むスタートアップへ[adishラジオトーク]
マーケティングに長らく従事してきた吉澤・小原(おはら)・近内(こんない)がスタートアップ期のマーケティングに関する様々な課題について議論するシリーズ。今回のテーマは「これからSMB領域に踏み込むスタートアップへ」をテーマに、SMB(中小企業)に踏み込む時のポイントについて議論しました。顧客セグメントをSMBに拡大する時の課題や、エンタープライズとSMBの攻め方の違いを語ります。
吉澤:今日の議題は「スタートアップ企業がSMB(中小企業)に踏み込むポイント」です。SMBの攻め方やリードの獲得方法、営業の手法など具体的な手法を含めてお話いただければと思います。
まずは、「エンタープライズとSMB、どちらを先に攻めるべきか」から始めます。よろしくお願いします!
先に獲得すべき顧客はエンタープライズ? SMB?
吉澤:まず前提として、SMBの売上単価やリードタイム、チャーンレートはエンタープライズと大きく異なります。そのため、どちらを先に攻めるべきかは議論の多いところです。それぞれの特徴を踏まえた上で、お二人の経験談とご意見をお聞かせいただけますでしょうか。
▼SMBとエンタープライズの特徴
小原:僕の経験上、エンタープライズを先に獲得できたらラクだと思います。しかし、実際は市場の状態や競合他社の有無に左右されるのではないでしょうか。競合他社に先駆けて市場に参入できれば、自然とエンタープライズを狙っていく戦略になると思います。一方で、他社にシェアが奪われている状態であれば、企業の規模でセグメントをかけてSMBを狙うのもアリだと思います。
例えば僕が過去に携わったサイト改善ツールでは、すでにエンタープライズ向けの競合他社が存在していたので、SMBでも導入しやすい価格帯かつフリーミアムにして浅く広くシェアを取るという手法を取りました。
吉澤:では、最初からSMBを狙っていた感じですか。
小原:そういうわけではなかったのですが、サービス料金で差別化を図った結果、SMBが利用しやすい価格帯になったという感じです。サービス料金を競合他社の1/4以下にしてフリーミアム(基本無料)にすることで、中小企業やアフィリエイターさんを数多く取り込むことができました。利用人口が増えて「みんなが使っているツール」として認識され、結果的にエンタープライズも攻めやすくなったという形ですね。
吉澤:なるほど。噂を聞きつけてエンタープライズが興味を持ち始めるというわけですね。エンタープライズの導入事例が少ない中で、どう見せていたのでしょうか?
小原:最初の事例はブロガーさんによる「自分の記事を分析してみた」「サイト改善してみた」というコンテンツでしたね。企業向けのコンテンツではありませんが、そこから少しずつ認知が広がり、徐々にエンタープライズからも問い合わせが入るようになりました。
吉澤:なるほど。僕が関わった企業では、エンタープライズを先に獲得するという王道の手法を取りました。メリットは、導入企業のネームバリューと集客力の高さです。導入事例をPRしたことでメディアに取り上げられてニュースになり、問い合わせが急増しました。また、イベントやセミナーの集客にも効果がありました。その結果、市場での認知獲得とエンタープライズの囲い込みに成功したという形です。近内さんのご経験では、いかがですか?
近内:基本的な考え方は小原さんと一緒です。私が関わったサービスでは、まずエンタープライズを攻めて実績を作り、次に導入社数を増やすためにSMBの実績を量産、次にARPU(average revenue per user)を上げるためにエンタープライズを再び攻めるという戦略をとっていました。そのときのフェーズによって注力していくべき顧客セグメントは変化すると思いますが、私はSMBを攻める段階で関わることが多かったですね。
エンタープライズとSMBの攻め方の違い
吉澤:エンタープライズとSMBの攻め方は、どう違うのでしょうか。
近内:エンタープライズとSMBでは、受注までのリードタイムが大きく異なります。エンタープライズは、関係者が多く決裁権者にたどり着くまでに時間がかかります。先方の担当者との事前のネゴシエーションや情報収集も必要ですし、導入実績の提示やボリュームディスカウントの交渉も多い印象です。じっくりと時間をかけて受注を取りに行くという攻め方になります。
一方、SMBは関係者が少なく短いスパンで導入が決まる傾向にあります。定型化したサービスを企業に合わせて軽くカスタマイズし、いかに効率よく短期間で決めにいくかという攻め方ですね。マーケ・インサイドセールス・フィールドセールスが連携し、各担当領域を決めることで効率よく動けるようにしていました。これまで携わった企業の多くで、このような傾向がありました。
吉澤:攻め方の違いは、登場人物の多さや稟議の回数などに影響されますよね。
SMB獲得に有効な集客チャネルとは
吉澤:エンタープライズの獲得に成功し、市場での認知も獲得し、いざSMB獲得のフェーズに入ったものの「思ったより営業案件が少ない」「受注に繋がらない」と悩むスタートアップは多いのではないでしょうか。具体的な解決策として、おすすめの集客チャネルを教えていただけますか。
小原:僕は、パートナーさんや代理店さんを活用していました。代理店さん毎に特徴があって、特定の地域に強い・営業マンが全国にいる・二次代理店が多いなど、それぞれの強みをチェックするようにしていました。
吉澤:確かに、SMBを攻める上で代理店チャネルは重要ですね。代理店以外にどのようなチャネルがありますか?近内さん、いかがでしょうか。
近内:代理店と似た位置づけで、銀行からの紹介が受注に繋がりました。あと2つあげるとしたら、セミナー(ウェビナー)とWeb広告です。著名な企業との共催セミナーは、実際に認知拡大と受注につながりました。Web広告に関しては、最初は少額から始めることになると思いますが、Google広告やFacebook広告から営業案件の創出は可能ですし、SMBを数多く獲得しなければならないというフェーズでも効果を感じることができました。
吉澤:なるほど。Web広告はやはり反響があるのでしょうか?
近内:ホワイトペーパー・ウェビナー・資料請求は反響がありましたね。これまで七つの商材でWeb広告を実施しましたが、ウェビナーと資料請求はコンバージョン(リード獲得)しやすい傾向にありました。SMBだけではなく、個人や零細企業のリードも入ってきますね。
吉澤:さまざまなリードが入ってくるので、広告のチューニングが必要ですね。どうやって最適化するのですか?
近内:最初はとにかくコンバージョン数を増やすことに注力し、CVRとCTRを高めるために何をしたら良いか考えました。ある程度コンバージョン数が取れるようになったら、そこから有効な商談に繋がったか・こちらが想定した顧客のニーズとズレがなかったかをトラッキングして、「この訴求に寄せよう」とか「この広告はあまりパフォーマンスが良くないから、別の広告に予算を寄せよう」という判断をしていました。王道のやり方ですね。
吉澤:キャッチコピーとクリエイティブを改善して、獲得するリードの質を高めるという方法ですね。広告・ウェビナー・代理店(パートナー)以外にも有効なチャネルはありましたか?
小原:僕がアクセス解析ツールのマーケティングに携わっていた時は、他のツールベンダーとの協業が一番効率よくリードを獲得できていました。アクセス解析の前段階である集客やLP作成といったSaaS系ベンダーと組んで、当社を紹介していただいたりしました。
吉澤:SaaSベンダーと連携する時のポイントは、サービス内容が被っていないこと、かつ自社のツールと組み合わせることで良いソリューションを提供できるようなベンダーを選ぶことですね。ユーザー層の相性が良ければ効率良くリードが獲得できますね。
小原:あとは、自社のアクセス解析ツールを使える人を増やす目的で、地方でセミナーを開催しました。地元の有力なWeb系企業やWeb解析士協会の方にツールの使い方を理解してもらうことで、Webに課題を持つ企業に紹介していただけました。
インサイドセールスは社内の「調整役」
吉澤:全ての施策に取り組むと、社内のリソース不足が課題になります。効率化するために工夫した点があればご教授ください。
小原:セミナーやベンダーとの協業に関しては、工数はそこまでかからなかったですね。座組みだけ作ればあとは自動的にリード入ってきて、セミナーも当日行って話すだけという感じでした。
吉澤:なるほど。キャズムを超えてSMBがバンバン入ってくる状態になった場合、インサイドセールスに社内リソースを割いた方が良いのでしょうか?
近内:実際にベンチャー何社かで起きたことなのですが、SMBの案件が増えると営業担当者が対応しきれずパフォーマンスが落ちてしまうことが往々にして起こります。そういう時は、フィールドセールスに渡すべき商談とそうではないものを切り分ける役割の人が必要です。
吉澤:有効な案件に確実に対応するには、一件一件の案件の成約率を高めることに注力するのと、CRMで全ての案件を管理して対応漏れをなくすのとどちらが良いのでしょうか。
近内:私が関わったケースでは、現状のリソースで受注を最大化するという観点で動くようにしていました。例えば、商談数が潤沢にあり、これ以上増やすと営業の商談の質が落ちるという場合は営業にトスする条件を厳しくして、より確度が高い案件のみ営業に渡します。逆に、商談数が足りないときは営業にトスする条件を緩くして商談数を増やします。そのあたりの調整役をインサイドセールスに担ってもらうことで、確度が高い案件の対応漏れを防いでいました。インサイドセールスは、そういった意味ではチャンスメーカーだと言えるのではないでしょうか。
小原:売り上げのKPIは変えずに、インサイドセールスのKPIを状況に合わせて変更するということでしょうか。
近内:そこはケースバイケースですね。KPI(IS経由の商談数)は変えずに営業にトスする条件だけを緩めるケースと、条件を緩くするならKPIも上積みすべきと判断して変更するケースもあります。
SMBとエンタープライズ、VCが好きなのはどっち?
吉澤:エンタープライズ向けの商材を扱う企業は、そもそもSMBに踏み込むことはあるのでしょうか。
近内:商材やフェーズによりますね。
吉澤:VCは、ネームバリューが高いエンタープライズと、数を多く取れるSMBのどちらが好きなのでしょうか?
小原:商材によりますね。一社につき一個しか売れないという商材の場合はSMBに特化した方が良いですし、一社でID数が数千単位で売れるという商材の場合はエンタープライズを狙った方が効率が良いですね。VCによって、好みや得意な商材は異なる印象です。どちらにせよ投資する際に重要視するのは、成長可能性を感じられるかどうかではないでしょうか。
吉澤:例えば、エンタープライズは数は少ないが一社あたりの獲得金額が高いとか、逆にSMBは数が取れる分マーケットの広がりが感じられるなど、VCによって捉え方が異なるということですね。
小原:エンタープライズは人脈(リファラル)で決まる面があるからマーケティングコストがかかりにくいが、SMBは数を捌くために営業部隊の動員やマーケティングコストが必要で投資リスクがあると捉えるVCもいますね。
吉澤:なるほど。
SMB営業に向いてる人、向いてない人
吉澤:SMBはTier(ティア)でいうとどこに入りますか?
近内:大体はTier3です。SMBは効率よく受注するセグメントとして認識しています。ただ、SMBの中でも急成長中のベンチャー企業や、今後関係性を強化すべきと判断した企業に関してはTier1〜2並にじっくりと確実に取りに行くようにしていました。
吉澤:なるほど。Tier毎に営業チームを分けていましたか?
近内:ケースバイケースで、組織が置かれている状況で変わってくると思います。
吉澤:営業担当者のキャリアプランは、SMB営業で成果を出してからエンタープライズ営業にレベルアップするという流れですか?
近内:基本的には営業担当者の希望と適正を鑑みて、営業責任者や役員が配置を決めていました。本人が「エンタープライズ営業に移りたい」と希望しても、客観的に見て向き不向きを感じることもありますよね。そういう時は、本人とよく話し合った上であえてエンタープライズ営業にチャレンジしてもらう場合もあるし、その人の希望に寄り添いながらも別の営業ステージで結果を出せるように取り組んでいただく場合もありました。
吉澤:小原さんのご経験はどうですか。
小原:基本、インバウンドで獲得した案件に対応していく営業スタイルだったので、営業チームを分けるということはしていなかったですね。営業全員が、全てのサービスを売れるようにしていました。
吉澤:なるほど。最後に、SMB営業に向いてる人とエンタープライズ営業に向いてる人の違いを教えてください。
小原:エンタープライズ営業では、相手の社内構造への理解がより重要になります。先方の担当者は上昇志向の強い方なのか、それとも上司から言われて仕方なく話をしているのか。相手の背景を察するというか、社内政治を理解した上で営業に取り組む姿勢が必要です。
SMB営業は、今目の前にいる担当者に自分のことを好きになってもらって「YES」と言わせることが大切というか。そういう点で違いがありそうですね。
吉澤:エンタープライズ営業は策略家、SMB営業は一点突破型が向いているということですね。近内さん、いかがですか?
近内:確かにそういう傾向はありそうですね。あとは、すぐに結果を出したいハンター気質の方はSMB向き、相手と関係性を作って大きな収穫につなげられる農耕型のスタイルを好む方はエンタープライズ向きととらえることができそうです。
吉澤:なるほど。面白いですね。
まとめ:SMBの攻め方に定石はあるのか
吉澤:今日の話をまとめると、スタートアップはSMBとエンタープライズの違いを踏まえた上で、自社サービスの特徴とフェーズに応じて、いつ・どのように攻めるかを見定めるべきという結論でした。
市場への認知拡大という点では、SMBは受注までのリードタイムが短い分、短期間で多くの企業に導入していただけるというメリットがあります。フリーミアムモデルならSMBの獲得が有効です。一方、エンタープライズはネームバリューが高いので、一社でも導入事例として公開できれば非常に強い武器となります。
集客拡大に関しては、代理店(パートナー)、ウェビナー、セミナー、展示会など様々な集客チャネルを横断的に活用し、一つのチャネルに偏りすぎないことがポイントになります。
また、SMBの案件が増えると、受注プロセスの仕組み化が欠かせません。インサイドセールスを構築し、SMBの案件は一点突破型の営業担当に振り分けるという仕組みを作ることで機会ロスを防ぎ売り上げを最大化できます。
最後に、これから成長期を迎えるスタートアップに対して、SMBをどう攻めるべきか一言ずつお願いします。
小原:個人的には、自社のターゲットと商材を理解することが最も重要だと思います。
顧客がどのような課題を持ち、自社サービスをどう活用したら解決できるのかをきちんと考えた上で、攻め方を考えた方が良いですね。我々の経験談はあくまで一例であり、「SMBはこう攻めるべき」と鵜呑みにしてはいけないと思います(笑)。
吉澤:SMBの攻め方に定石はないということですね。近内さん、いかがですか。
近内:確かに、その通りです(笑)。これまで様々なサービスに携わってきた経験から、SMBを攻める時期や攻め方は、商材や顧客によって大きく異なると実感しています。まずは自社のお客様をきちんと理解して、お客様にとって何が良いのかをきちんと考えることが大切ですね。
あるお客様に他社の成功事例を参考にしていただく際は、その会社がうまくいった理由と前提条件を理解した上でサービスを活用していただかないと、他社と同じように成功するとは限らないということです。
吉澤:おっしゃる通りで、体系的なロジックだけ真似してもうまくいかないことは多々あります。自社サービスがマーケットにフィットしているか、どのようなバリューを発揮するのか、それがマーケットに適切に認知されているか。実直に顧客理解に努めることが大切だという結論ですね。スタートアップの皆さまには、この記事を鵜呑みにせず(笑)、一つの例として参考にしていただければと思います。
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